2 深海に射す光

どこからが深海なのか

そもそも深海とは海のどの部分を指すのだろうか。

深海という言栗は、もともと〝深い海〝という意昧であり、厳密な定義があるわけではない。

慣例として、水深200メートル以深を深海と呼ぶことが多い

海底を研究する地質学者などは、もっと深い水深のところを深海と呼んでいるが、生物学者などが深海というときは、だいたい200メートルが目安になる。

200メートルは、植物プランクトンが光合成を行える限界の深さである
水深200メートルより深い海では、植物にとっては光が弱すぎて、光合成ができず、育つことができない。

生物学者は、植物が生きることのできる水深O~200メートルを表層(epipelagic)と呼び、それより深い海を深海と呼ぶのである。

深海には、水深によって次のように区分した呼び方がある。

水深200~1000メートルは中・深層(mesopelagic)
水深1000~3000メートルは漸深層(bathypelagic)
水深3000~6000メートルは深海層(abyssopelagic)
水深6000メートル以深は超深海層(hadal)


全世界に広がる海のうち
水深200メートルより深い部分は約80%にものぼる

たとえば船の上から海を見下ろしたとき、ほとんどの場合は、その下に深海が広がっていることになる。

海の平均水深は3729メートルである

陸の平均高度がたった840メートルであることに比べると、いかに海が深いかがわかる。

それどころか、地球の表面のうち、
陸地の割合が29.2%で平均高度が840メートル
海洋の割合が70.8%で平均水深が3729メートル


ということは、
全球の平均高度は、マイナス2395メートルになる。

これは、かりに
地球の凹凸をなくせば、陸地はすべて水没し、その平均水深は2395メートルの深海になるということだ。

陸地の上で生活している私たちが気づかないだけで

地球はじつは「深海の惑星」なのである


青のグラデーション

「海は青い」とは、われわれが海面の上から海を見おろしたときの感想である。

海のほとんどが、光の届かない深海であることを考えると、むしろ「海は黒い」といったほうがいいことがわかる。

では青い海は、どのあたりから黒くなるのだろうか。

海の中をどんどん深く潜っていけば、水深が深くなるにつれて、海の色はライトブルーからディープブルーヘ、そして漆黒へと濃くなっていく。

光は水分子に吸収される。
しかも、吸収のされやすさは、日光にふくまれる7色の光で均等ではない。

赤が一番吸収されやすく、なんと水深10メートル程度ですべて吸収されてしまい、それより深くには届かない

赤以外の色はもっと深くまで届くが、全体的に弱々しくなり、
水深70メートルくらいのところで、入射した光量の99.9%が水に吸収され、光の量は海面付近の0.1%にまで低下している

青は他の色(紫、縁、黄色、オレンジ、赤など)に比べて一番吸収されにくく、一番遠くまで届く。
だから、水中は青の世界になる

水深70メートルで0.1%といっても、人の目の感度は意外にいいので、まだ光を感じることができる。
約200メートルを過ぎると、地上で夜の帳が降りるように、あたりは徐々に色を失い、灰色がかったに青になる。

海域によるが、
約100~1000メートルは、トワイライトゾーンと呼ばれる神秘的な薄暗さに包まれた世界だ

まるで夕暮れに一番星が輝くように、発光生物の弱い光が見える。
一番星と違うのは光が無数にあること、そしてじっと暗闇で目を数分間憤らしてからでないと見えないほど、ごく弱い光であるということだ。

さらに深く深く潜るにつれて、徐々に薄暗さは墨のような闇におそわれる。

人の目が光を感じることができるのは、だいたい400メートルぐらいまでが限界である

さらに深いところでは、永遠に太陽光の届かない暗黒の世界へと突入する。
そして、水深1000メートルを超えると、もはや青系統の色すらもすべて吸収されて、地上からの光が届かなくなり、完全に暗黒の世界になる。



宇宙のどこかにある海

ここでちょっと思考の遊びをしてみよう。  もしも水分子の性質が、赤ではなくて青を、一番よく吸収するとしたら、世界はどう変わるだろうか?

まず、海は赤っぽい色になるに違いない。
そうだったとしたら、私たちにとって水色は赤になるのであり、私たちが「涼しい色」としてイメージする色も、青ではなくて赤系統の色になるのかもしれない。

しかし現実には、水分子の性質も光の性質も、宇宙のどこでも同じで、普遍的なものである。
だから、この広い宇宙のどこかに、H2Oという分子の集まりが主成分であるような、海をたたえた惑星があったとしたら、その海もおそらくは青いのである(不純物の影響で別の色に見える可能性はある)。

そして、そこに住む生命体も(存在すれば……だが)、青という色に涼しいイメージをもっている可能性が高い。

では
「コップに汲んだ水の色は無色透明なのに、なぜプールの水は青いのだろうか。」

水が光を吸収する作用が、ほんのわずかずつであるため、起きていることである。

つまり、
コップを通るくらい短い距離を光が通過したとしても、赤い光の吸収量はほんのわずかであるため、私たちの目では変化が認識できない

大きな水槽やプールほどになって、やっと認識できるほどの変化量なのだ

水は、水分子という、0.2ナノメートル (ナノは10億分の1)ほどの、
小さな粒子ひとつひとつの集まりだ。

コップ一杯の水には、ざっと10の23乗個の水分子が、ひしめきあっている。
物性(物質のマクロな性質)というのは、すべての場合で分子レベルのものが、マクロの世界に反映された結果である。

海水の色も、海水と光とがミクロの世界で織り成す物理現象が、海という広大な舞台に投影されたものである

《深海の科学》 瀧澤美奈子 2008年5月初版 ペレ出版 より引用