Red Bull Showrun Tokyo 約8分

Max Verstappen & Pierre Gasly

神宮外苑いちょう並木で
レッドブルF1がデモラン実施
史上初の2台走行で1万人のファンを湧かせる

3月9日、ホンダF1の2019年シーズンキックオフイベントが行われ、『Red Bull Showrun Tokyo』と題してアストンマーティン・レッドブル・レーシングの2台によるデモランが神宮外苑のいちょう並木で行われた。東京都内の公道をF1マシンが走行するのは初めてのこと。特設コースには約1万人のファンが集まり、史上初のデモランを見守った。

日本では2009年にデイビット・クルサードが神宮球場で、2011年にはセバスチャン・ブエミが横浜でデモランを行っている。だが東京の街の公道をF1マシンが走るのは初めてのことだ。さらに、2台のマシンがデモランを行うというのも史上初の試みで、まさにレッドブルとホンダのパートナーシップの船出を飾るにふさわしいイベントとなった。

会場となった神宮外苑のいちょう並木には、2台のF1マシンによるデモランを一目見ようと720mの特設コースを囲むように約1万人のファンが集まった。

デモランの前には『ヒーローラップ』という名目で、ピエール・ガスリーとマックス・フェルスタッペンがアストンマーティンの後部座席に乗り込み、下見を兼ねてコースを1往復した。

そしていよいよデモランへ。まずはガスリーが走り出し、コースを1往復。2往復目にはドーナツターンも披露し、一度ピットへ戻った。続いてフェルスタッペンは、ガスリーよりも速いスピードでコースを駆け抜けた。フェルスタッペンもガスリー同様にコースを2往復し、ドーナツターンを行いピットへ。この後にはデモランの終了を知らせるチェッカーが振られた。

ところがガスリーとフェルスタッペンはもう一度コースへ出て行き、集まったファンの前で再度ドーナツターンやバーンアウトを披露。本来の予定を超える走行を披露し、集まったファンを大いに湧かせた。

auto sport web より引用


『ヒーローラップ』に登場した
マックス・フェルスタッペンとピエール・ガスリー


『Red Bull Showrun Tokyo』 ピエール・ガスリー

motorsport.com より転用

東京駅 3Dプロジェクションマッピング

撮影 2012年9月22日

2012年9月22日に開催された
東京駅3Dプロジェクションマッピング
(22日3回目20:40開始、及び23日は中止)

スケールの大きさはもちろん、その圧倒的な映像美に魅了された。

この時には沿道にはたくさんの人々が見物に訪れたが、
東京駅周辺が大混雑してしまい、途中でイベントが中止になってしまうほどの人気でした。

初回は、大混雑で入場できず、2回目20:20開始に入場。
初回の様子から中央後ろの位置でほぼ全体を撮影。
偶然、運良く撮ることができた、
その伝説と化したプロジェクションマッピング映像(手撮り)を掲載します。

10分29秒

第2回 終了時の東京駅前
車道にも人が溢れる

この後、中止放送が流れる
安全上継続実行不能により


以下、事前予告

日本全国の鉄道基点であり、都市の中核を担うターミナルとして、
1914(大正3)年に辰野金吾の設計によって創建された東京駅丸の内駅舎。

2006年から始まった駅舎の保存・復原工事が遂に完成。

祝祭の先駆けとなる9月22日(土)23日(日)には、
駅舎をスクリーンとした最新鋭のスペクタルな映像ショーが開催される。

最先端の映像技術・プロジェクションマッピングを用いて、
100年の歴史に相応しく「時空を超えた旅」の物語が紡がれる。

制作を手がける映像作家には、数々のMV制作などで評価の高い
西郡勲 (SMALT) や長添雅嗣 (N・E・W) をはじめ、
2011年、成蹊大学キャンパスの3Dプロジェクションマッピングで
話題を呼んだP.I.C.SからTAKCOMと針生悠伺、志賀匠(caviar)らといった、
いずれも映像界で名を馳せる豪華メンバーが参加した。

◆TOKYO STATION VISION
 日時:9月22日(土)23日(日)20:00 / 20:20 / 20:40 (予定)
 会場:東京駅 丸の内駅舎前広場(東京都千代田区丸の内1-9-1)
 入場料:無料
 映像作家:西郡勲 (SMALT) /長添雅嗣 (N・E・W) / TAKCOM(P.I.C.S.) /志賀匠 (caviar) /針生悠伺 (P.I.C.S.)
 音楽監督:岩崎太整 (カットアップ)
 総合演出:森内大輔 (NHK エンタープライズ)

7 奈落の底

世界の奈落の底

たいていの場合、白然のなかに隠れている素晴らしいものは、
日常から離れたところにあり、気に留めなければ通り過ぎてしまう。

日常生活から一歩踏み出して、見る方法に工夫を加えたうえで、
イマジネーションを働かせながら、あらゆる可能性に思考と感性を研ぎ澄まして観察し続けなければ見つけることができない。

それが自然科学というものかもしれないし、自然科学でなくても、
とかく大切なものはそんなふうに隠れているものだ。


世界の海のほとんどが深海である。

では一体、世界で一番深い海はどこなのだろう?

恐ろしくだだっ広い世界の海のなかで、もっとも深い海底がどこにあって、どれくらい深いのかという問いはシンプルだ。
だが、その問いに答えを見つけることは、まさに非日常の、純粋に科学的な挑戦である。

しかも、この問いに答えるには、多くの労力を必要とした。

実際に歴史を紐解いてみると、交易や漁業の手段としての海ではなく、
科学の対象として海というものを見つめ直したときに、
海水の下に隠されているものを発見する旅が始まった。

そしてそれは同時に、簡単には終着点に到達できない旅の始まりでもあった。

この壮大な知の挑戦に最初の一石を投じたのは、
先にも紹介した「チャレンジャー号」である。

軍艦を科学調査船に改造した船である。

時代は大英帝国の全盛期。
イギリスは1864年に、植民地のインドとの通信を迅速にするために、イランを横断する電信線を陸上に敷設していた。

また、それより前の1850年にはドーヴァー海峡のイギリス・ドーヴァーとフランス・カレー間に海底ケーブルを敷き、植民地各国とイギリス政府および王室の間に通信網を張り巡らせていた。

世界各国に植民地をもち、「太陽の沈まぬ国」と呼ばれたイギリスが、7つの海をまたにかけた大英帝国の力を遺憾なく発揮したのが、この海洋調査だったといえるかもしれない。

チャレンジャー号には、軍人に交じって7人の科学者が乗り込み、科学調査の指揮をとった。

彼らはこの航海で、492か所の海底の深さを、そのたびに船を止めて一日がかりで鍾を使って計測した。

錘をつけたロープを船から降ろして、海底にぶつかる感触が得られたところでそのロープの長さを測るという、今から考えると気の遠くなるような大変な作業である。


また、この航海で発見した新種の海洋生物は4717種にのぼり、
サンプリングした生物やデータをまとめるのに20年近くを要し、
その百科は50巻にもなったというから、
いかにこの海作調査が本格的で、かつ収穫が多かったかがわかる。

さて、この航海の大きな成果のひとつが、
北西太平洋のマリアナ諸島の近くに8183メートルの深い海域があることを発見したことである。

その当時としてはこれが知られているなかで世界でもっとも深い海底だった。

マリアナ海溝は、長さおよそ2878キロメートル、
幅およそ81・5キロメートルの海溝である。

その後、その海域のまわりを、
ロシア、イギリス、日本、アメリカがそれぞれ個別に調査船を出して計測したが、数字はバラバラだった。

つまり、世界最深地点の正確な場所と水深は、
人類がその場所にだいたいの目星をつけた19世紀後半から一世紀以上たっても、なかなか決着せず、
もっと深かったり浅かったり、
じつに曖昧模糊とした知識でしかなかったのである。

この理由はいろいろ考えられるが、
水深を測るのに、前述のように錘を使う方法や、
水圧を測ってその値を水深に換算したりする方法、
海中の音速度の補正をしないまま音の反射時間から水深を測る方法
などが使われたが、
あまりに深いために、どうしても誤差が大きくなってしまったことが主原因である。

1951年、
イギリスのチャレンジャー8世号が1万メートルより深い場所を発見し、

チャレンジャー海淵と命名する。

1993年、
音響を使ったその後の複数の測量結果から、
その近くの場所が世界最深部として

水深1万920士10メートル

であるという結論に達し、世界的に認められた。

その後、
1995年に
日本の無人探査機「かいこう」が
水深1万911・4メートルを記録した。

場所は、
グアム島から南西に約390キロメートル離れたところ、
正確には
北緯11度22・394分、
東経142度35・541分
の海底である。

現在この場所には、
水深1万911・4メートルの世界最深部として、

「マリアナ海溝チャレンジャー海淵」

という名前がついている。

では、その世界最深部の海底には一体どのような景色が広がっているのだろうか?

実は人類はたった一度だけ、
その深海の果てに足を踏み入れたことがある。

今から40年以上前の1960年1月23日、
アメリカ海軍のドン・ウオルシュと、冒険家ジャック・ピカールが
バスチカーフ・トリエステ号(深海潜水船バチスカーフという型式の潜水船。bathy=深い、scaphe=小型船という意味)
でチャレンジャー海淵に到達した。

バチスカーフは、空を飛ぶ気球から発想を得て作られた。

鋼鉄の重りで下に向かう力を得る一方、
ガソリンをタンクに詰めた浮力装置によって上向きの力を得て、両者を制御することで深度調節するという、当時としては最新鋭の有人潜水船であった。

ガソリンが選ばれたのは、海水より軽く、圧力で体積が減らないためである。

発明したのはジャック・ピカールの父であり、気球研究家として名高く、「潜水船の生みの親」と呼ばれたオーギュスト・ピカールだ。

マリアナ海溝は世界最深部であるだけに、水圧は暴力的といっていいほど強力だ。

水圧は水深10メートルにつき約1気圧ずつ増加するから(実際には密度が変化するから、もう少し複雑だが)、
水深1万1千メートルでは約1100気圧もの高圧が船体にかかることになる。

もし浸水でもしたら、中に乗っている人間は、即座にぺしゃんこに押しつぶされてしまうだろう。

当時の記録によると、
実際に9906メートルのところで、彼らはキャビンを揺らす大きな音を聞いたという。

厚さ7・6センチメートルのアクリル樹脂製の窓にヒビが入ったが、奇跡的に残りの潜水時間をもちこたえた。

そして潜り始めてから5時間以上かかって、
1万912メートル(当時の計測による水深)
に到達した。

結局、彼らが海底にとどまることができたのはわずか20分だったが、

小さくて平らな魚(ヒラメの類)やエビ、数種類のクラゲを目撃したという。

深海底には生物などいない、まして脊椎動物など生存できるわけがないだろうと思われていた当時、この証言は、世界最深部に到達したという偉業とともに、驚きをもって世界中に伝えられた。

チャレンジャー海淵に人類が降り立ったというのは、
後にも先にもこの1回だけである。

彼らの記録はまだ塗り替えられていない。

新たに莫大な国費をかけて、世界最深部に人類が降り立つだけの積極的な理由が見当たらないという理由だろうが、

宇宙空問と同様、
一度はそこに行ってみたいという冒険心をくすぐられる場所ではある。

《深海の科学》 瀧澤美奈子 2008年5月初版 ペレ出版 より引用

【 しんかい6500説明 】

「しんかい6500」の居住空間は内径2.0mの耐圧殻の中。
そこにパイロット2名と研究者1名が乗り込み、調査を行う。

耐圧殻の中には計器類などが設置されているため、居住空間はもっと狭くなりる。

耐圧殻は軽くて丈夫なチタン合金でできており、厚みが73.5mmある。

水深6,500mでは水圧が約680気圧にもなるので、耐圧殻の少しのゆがみが破壊につながる。

そこで、可能な限り真球に近づけられた。
その精度は、直径のどこを測っても0.5mmまでの誤差しかない。


6 気候の変動

海というマスターキー

海辺に住んだことのある人なら実感があるかもしれないが、
海は気候を穏やかにする働きをしている。

水の比熱(物質1グラムを1度上げるのに必要なエネルギー)が非常に大きいためである。
太陽からの熱をたくさん吸収しても、そのわりに温度上昇が少ないし、
何かの理由でたくさんの熱を失っても、そのわりに温度低下が少ない。
また、蒸発の際は気化熱により、気温を下げる効果もある。

これを拡大して地球全体で考えた場合、
海洋の水の量は莫大だから、莫大な量の熱を貯えたり放出したりする能力がある。
このことを「熱量が大きい」という。
その効果は、全海洋を合わせると全大気の1000倍以上にもなる。

海洋全体では以上のような蓄熱の役目を果たしているが、
個々の現象を見てみると、海洋は気象や気候とも密接に関係している。

そして、起きる現象の時間スケールと海の深さとの間には、
おおよそ次のような関係がある。

日々の天気の変化や季節変動といった短い時間スケールの現象は、
混合層と呼ばれる、
水深Oメートルから、およそ水深400メートルぐらいまでの
浅い部分の海水の温度変化か関係している。

また、エルニーニョ現象のような、
数年から数十年の時間スケールをもつ気候変動では、
水深400~1000メートルぐらいの、
温度積層より上が関係している。

さらに、100年から千年の時間スケールをもつ気候変動、
あるいはそれよりさらに長い時間スケールをもつ氷期-間氷期サイクルといった現象を考える場合には、
それより深い水深が関係してくる。

とくに深層大循環は、
氷期の到来と終焉など、
気候の大規模な変化をコントロールするものとして、
気候の状態形成と深く関わっている。

このようにして見てみると、表層から深海までの海洋は、
気候変動というパズルを解くための、重要なマスターキーのひとつだろうという想像がつく。

もちろん、海の作用だけが気候に関係しているのではなく、
大気と海と陸の間で起こる作用が複雑に絡み合い、気候に影響を与えている。

沈み込みの役目

深海を流れる深層流が作り出す深層大循環は、気候とどのような関わりがあるのだろうか。
深層大循環は海洋全体の循環を駆動している。
したがって、基本的に次のような役目がある。

① 海洋に吸収された太陽の熱エネルギーを、深海を含めた海洋全体に循環させる。

② 大気から吸収して表層水に溶け込んだ二酸化炭素を深海に運ぶという、温室効果ガスを海に貯える機能。

③ 深層流が表層に湧き上がる時、深層水に多く含まれる栄養塩(ケイ素、窒素、リンなど、表層にいる植物プランクトンに欠かせない栄養素)を深海から表層に運び、植物プランクトンが海洋の二酸化炭素を吸収するための条件をととのえる。

④ 表層水に多く含まれる酸素を深海に運び、深海生物に酸素を供給する。

①、②、③からは、
深層大循環が長期的な気候変動をコントロールする重要なファクターである可能性が見てとれる。
そのため、現在、深層大循環のしくみを解明する目的で活発な研究が行われている。

たとえばこんなことが考えられる。

もしもなにかの理由で、表層水の沈み込みがなくなったとしたら、
深層大循環が停滞する。

それでも、太陽から放射される光エネルギーが変わるわけではないから、
太陽からのエネルギーを地球全体に運ぶ効果が少なくなる。
すると、低緯度では今よりも表層水の温度が上昇し、
それにより、低緯度の陸の温度が今よりはるかに上がる。

一方で高緯度では表層の水温が低下し、陸の温度が今よりはるかに下がる。

地球上で、暑くもなく寒くもないちょうどいい気候の地域が減って、世界中が今よりもずっと往みにくくなってしまうだろう。

地球温暖化で深層大循環が弱まる

地球温暖化か進み、深層大循環が止まって、地球が一気に氷河期に突入する。

これは、2004年に日本でも公開されたアメリカのSF映画『ザ・デイ・アフター・トゥモロー』 (The Day After Tomorrow) のシナリオである。
このシナリオが仮定しているのが、表層水の沈み込みがなくなることだ。

ヨーロッパや北米が高緯度のわりに暖かいのは、
暖流であるメキシコ湾流が高緯度にまで流れ、
海水と共に低緯度の熱を高緯度に運んでいるためである。

そして、そのメキシコ湾流を高緯度に運ぶ重要な原動力のひとつが、
グリーンランド沖の沈み込み現象だ。

海水が高緯度で深海に大量に沈み込むために、
それを補うように表層流が低緯度から次から次へと移動してくる。

深層大循環が始まる場所は、
先に述べたように、
世界中の海で北大西洋と南極まわりの2つの海城だけである。

これらの海域で深層水の生成が抑制されるか、あるいは逆に増強されれば、
世界的な深層流のパターンが変化し、気候変動の要因となることが予想されている。

ちょうど、ベルトコンベアーが折り返すための回転軸のような装置が、北大西洋と南極海に存在すると考えればいい。

このような装置が働いているなかで、地球温暖化が進むとどうなるか。

グリーンランドなど陸上に存在する氷が融けて、大量の淡水が北大西洋高緯度域に流れ込む。
すると、グリーンランド沖の表層水の塩分濃度が下がり、海水が相対的に軽くなる。
すると、海水の沈み込みが抑制される。

そもそも海水の密度が高くなって沈むのは、
海水が重くなる条件、すなわち海水温度が下がったとき、あるいは塩分濃度が上がったときである。

ふつうの海は温度のほうが大きな影響を与える。

しかし、高緯度では、すでに水温が十分低く保たれているため、塩分濃度による影響がむしろ重要である。

北極海では、塩分濃度が高いと海水が沈み込み、塩分濃度が低いと海水は沈み込まずに表層にとどまるのだ。

だから、真水が注ぎ込まれると、沈み込みが抑制される。

するとベルトコンベアーの装置が働かなくなってメキシコ湾流が弱まり、
熱帯から運ばれる熱が減り、
ヨーロッパや北米が寒冷化する。

さきほどの映画は基本的にこのシナリオをモチーフにしている(ただしその後、ヨーロッパや北米が寒冷化するだけでなく、地球全体が凍結するという極端なストーリーに展開していく)。

実際には、全地球がこのように凍結するということは考えにくい。

しかし、過去に地球が温暖化した際に一時的にせよ、高緯度地域が寒冷化した事実が知られている。

最終氷期の末期、間氷期に移行する途中、今からおよそ1万2千年前に起きたとされる
「ヤンガードライアス・イベント」
である。

そして、現在もまた地球温暖化か進行している。

現在は間氷期であるから、
氷期に起きたヤンガードライアス・イベントと同じことが起きると考えるのは早計だ。

2007年に発表されたIPCCの第4次報告書によると、
21世紀中に深層大循環が停止することはなく、弱まる程度であることが予測されている。

また、海は熱の巨大吸収体であり、表層から、じわじわと地球湿暖化の影響が海に及んでいる。

過去40年の観測から、すでに水深3000メートルまでの世界の平均海水温か上昇していることがわかっている。
そして、これまでに気候システムに加えられた熱の80%以上を海が吸収していると見積られている。

これから先、深海に影響が出るまでには時間がかかるため、
21世紀中に大きな変化が起きることはないが、

いったん深層大循環のパターンが変わるようなことが起きると、
地球全体の気候に大きな変化を及ぼす可能性が高い。

長期間の気候変動を考えるうえで、深層大循環の影響がどのように関係するのかはとても興味深い。

《深海の科学》 瀧澤美奈子 2008年5月初版 ペレ出版 より引用

5 深層大循環

地図に載らない海流

自分自身では決して自覚することができないが、
人生の始まりと終わりには、まったく同じ音が決め手になる。
心音である。

心臓が自発的に鼓動を打ち、
体のすみずみの細胞に血液をめぐらせて、
必要な栄養や酸素を送ることができるからこそ、
私たちは生きることができる。

海には心音こそないが、
海全体にわたる循環のしくみがあって、
それが地球上の生命を支えている。

それが「深層大循環」という循環である

私は、初めて深層大循環のことを知ったとき、思わずため息が出た。
地球の素晴らしさを思い、いとおしささえ感じた。
それは次のようなことだ。

海の表面には海流が流れている。
地図にも載っているおなじみの海流で、日本列島の近くでも親潮や黒潮などがある。
風や潮汐の影響によって生じる流れだ。

その海流のうち、
とくに高緯度に向けて流れている海流が北極や南極に近づくと、
冷やされて海水の密度が高くなり
(水温の低下と塩分濃度の増加という2つの効果で密度が高くなる)、
水深数千メートルの深海に沈み込む。

そして、その水が全世界の深海に静かに広がっていく。

これが地図には載っていない、秘められた海流、深層流の始まりだ。

深海への海水の沈み込みは、北大西洋と南極海という限られた海域で起きる。

だいたい一箇所につき10キロメートル四方程度という非常に小さい領域で生じる現象で、
生じている筒所も世界で数か所にすぎないが、
それが深層の大循環の始まりである。

とくに雨極周辺で作られた冷たくて重い水は、太平洋の一番下を流れる深層流で、
南極周極深層水と呼ばれる。

約3500メートル以深の深海底を、南太平洋から北太平洋に流入している。

北大西洋では、
グリーンランド沖で海水が表層から深層へと潜り込み、北大西洋深層水となる。

北大西洋深層水は、
海底地形に沿って大西洋を南下し、途中で南極海から沈み込んで、
大西洋を北上してきた南極周極深層流と合流し、
インド洋、南太平洋、北太平洋の順に世界中の深海をゆっくりとめぐる。

いくつかの理由によって、途中で表層に湧き上がりながら、
深層を流れる径路が存在する。

これが深層大循環である。熱塩循環とも呼ばれる。

流れの速さは、
1年で10~20キロメートルという、ゆっくりした速度であり、
複雑な経路をたどって地球を一周するのに
1000年単位の時間を要する。
じつに悠久たる流れである。

実際には、枝分かれし、もっと複雑な経路をたどると考えられており、
それ自体が今なお研究の対象だが、
図は、全海洋の表層から深層までを巻き込んで、海流が周回する様子を
概念的に示したもので、

提唱者にちなんでブロッカーのコンベアーベルトと呼ばれている。

まるで血液の循環のようだ。

深層流と表層流からなる「海洋大循環」である。

全海洋をめぐる、このような循環があるおかけで、
熱や酸素などが全海洋に運ばれる。

長い間、深海の水は静止していると思われていたので、
深層流の発見は大きな衝撃だった。

われわれが確証をいだくようになって、まだ30年ほどしかたっていない。

皮肉な方法で確かめられた

少しその発見の歴史をたどってみよう。
1751年、イギリスの奴隷船が西アフリカに向かう途中、
科学者グループに依頼された測定を行ったことから、深層流の発見史が始まる。

大西洋の赤道で、
船乗りたちが長いロープにバケツをつけて深海の水を汲み上げてみると、
意外にも冷たい水だった。
表層の水は30℃近いにもかかわらず、である。

このことを知ったランフォード伯爵
(本名ベンジャミン・トンプソン。政治家であり科学者であった)は、
北極や南極で沈み込んだ水が、
赤道まで流れてくるのではないかという大胆な仮説を立てた。
が、それを実証する方法はなかった。

1873年から行われたチャレンジャー号の海洋観測でも
深海の水温を測り、世県中のどの海域でも深海の水温が低いことが確かめられた。

しかし深海の流れそのものを捉えることはできなかった。

そして1970年代、ついに深層流の証拠が確認された。

それは意外な方法だった。

1950年代から60年代にかけて相次いで行われた核実験の副豪物として、
トリチウム(三重水素)という、自然にはほとんど存在しない放射性元素が、
大気中にばらまかれた。

トリチウムは、水の分子の材料となって海洋に取り込まれ、海洋中に広がっていった。

そこで、世界の海に含まれるトリチウム量を計測してみると、
太平洋やインド洋では
水深数百メートルほどのところにしかトリチウムが存在しないのに、
北大西洋の北部では、
水深4000メートルの深海に広がっていることが、確認されたのである。

このことから、北大西洋北部で海水の沈み込みが起きていることが、ほぼ確実となった。

1980年代、トリチウムの観測に参加したウォーレス・ブロッカー博士らは、
今度は世界の海洋全域にわたって、炭素の放射性同位体C14の調査をした。

この量を調べると、海水が大気との接触を絶ってからどれくらいの時間が経過しているかがわかる。

いわば「海水の年齢」である。

この結果から、地球的規模で深層流の流れる方向が、おおまかにわかってきた。

そしてコンベアーベルトの図を描いた。この図に彼の名前がついているのはそのためである。

グリーンランド沖で、垂直に海水が深海へと沈み込んでいることが、
メキシコ湾流を北に引き寄せる原動力となっているといわれる。

つまり、
深層大循環が、海全休の海水の表層と深層の間を行き来させ、
南北に移動する動きを駆動し、
海水に溶けた物質を循環させているのだ。

深層大循環は海洋全体をダイナミックに動かすベルトコンベアーの一翼を担っているのである。

このことが地球にさまざまな恩恵をもたらす。

人の体にたとえると、
海の表面を流れる表層流を動脈とすれば、
深層大循環は静脈といったところだろう。

血液を送り出す心臓のポンプの働きは、
海水の沈み込み現象がその役割を果たしている。

しかし、このような機構が地球に備わっていることに加えて、さらに驚くのはその役割である。

深層流の発見ののち、その役割の大切さも徐々に明らかになってきた。 

《深海の科学》 瀧澤美奈子 2008年5月初版 ペレ出版 より引用

4 深海に響く音

静寂か喧騒か

深海に音は存在するのだろうか。

存在するとしたら、それはどんな音だろうか。

プールで潜水をしたときのことを思い出してみよう。
水中ではプールサイドの人の歓声はまったく問こえず、
聞こえるのは自分の吐き出す息のボコボコという音と、
配水管から響いてくる独特な金属音ぐらいである。

あまりの静けさに、自分だけ違う世界で特別な時を過ごしたような、
そんな不思議な感覚さえ生じる。

だからその延長で、海の中というのは、音のない静寂な世界だと思っていた。

深海では、
地上に溢れているようなサイレンの音や車のクラクション、
ガヤガヤとした人の話し声、本々の枝がそよぐ音、よせては返す波の音、
美しい鳥のさえずりといった音は聞こえない。

しかし、かといってまったく音がないわけではない。

ある深さの深海には海の音が集まってくる場所、
正確には水深が層状に存在することがわかっている。

それは、古びた木製の重いドアが軋むような音、
あるいは遠くで道路工事をしているときのドドドド……という地響きのような音、
あるいは嵐のときに電線が強い風にあおられて低いうなり声をあげているようなあの不気味な音、
時代劇の殺陣シーンで刀を振り下ろす場面につけられる効果音のようなギユユユンーというのに似た音など、
あまり爽快とはいえない音の一群だ。

アメリカ海洋大気局(NOAA)の海洋探査のホームページには、
実際に海の中にマイクを入れて録音した海中の音を聞くことができるページがあるので、
一度聴いてみることをおすすめする

アメリカ海洋大気局(NOAA)の海洋探査のホームページ

実際にその音を聞いてもらうと想像しやすいが、
海の中では、まるで映画のなかに登場する海の深淵に集まる冷酷な悪霊のように(科学的には実在するとは思えないが)、
ある水深にだけ不気味な音が集まって、遠くまで響き渡る。

これがなぜ起きるのかについては後回しにするとして、次のように順を追って説明していこう。

・ なぜ深海の音は低音域なのか
・ 音の発生源はなにか
・ 深海の音が、ある水深の層に集よって、遠くまで伝わる現象とは
・ 深海の音の利用と課題

くぐもった低い音

まず、なぜ深海の音は低音域の音ばかりなのかということについて考えてみると、
これには簡単な理由がある。

振動を伝える水が、高音域の速い振動を吸収するため、高音が存在てきないからだ。

膨大な水そのものが、本来の音を変化させてしまうのだ。

したがって、たとえ音の発生源で、高音を含んだ明るい音であったとしても、
水の中を進むうちに高音域がはぎとられ、
くぐもって、ところどころがかすれがちになって野太くなり、艶のない音になる。

真っ暗な深海で奈落の底から湧き上がってくるがごとく、
どこからともなく低いうなり声のような音の一段が響いてくる。
これが深海に響く音なのだ。

地球を包むラブ・ソング

では一体、深海に響く不気味な音の出所はどこなのだろうか。

研究によると、人大きく分けて
自然現象の音、生物が出す音、人口の音の3種類に分類することができる。

まず、自然現象がもとになって発生する音のうち、もっとも強力なのは、
海底の地震で発生した音である。

断層のずれがもとになって起きた地震の音は、地球上の海底を6万キロメートルも伝わることがわかっている。
また、海底火山で起きている噴火の音も、
海底地震ほどのエネルギーではないにしろ、大きな音を発生させる。

そのほか、海底の地すべりでも音が発生する。

それから、頻繁に起きるというわけではないが、
南極やグリーンランドなどの氷床が崩壊して海になだれ落ちる音も深海に響きわたるという。

また、もし海に隕石が落下すれば、その音を感知することもできるだろう。

このように、深海の音をモニタリングすることで地球全体の変化が見えてくる可能性がある。

次に、海に住む生物たちが出す音も、見逃すことができない。

驚くことに、
クジラ、イルカ、魚などの海洋生物の鳴き声が深海に響いているのだ。

研究者にとっては、深海に響く彼らの声に耳を澄ませることで、
どの種がどれだけ生態系のなかで優勢なのか、増えているのか、減っているのか、
あるいは動物同士の関わりやふるまいを研究するのに役立つ。

とくにクジラはコミュニケーションの手段として、声を出して仲間とやりとりをしたり、餌の群れを探したりするのに音を利用していると考えられている。

たとえばザトウクジラのオスは、クジラのなかでも一番の歌の名手として知られている。

彼らが歌うのは、

高音から低音までをフルに使った、特別に構成が複雑な長い歌で、
いくつかのテーマがアレンジされながら繰り返され、
1曲の長さは数十分にもなるという。

あるオスは、なんと14時間も歌い続けたという観測記録がある。

その目的は明白ではないが、
おそらくは繁殖期のメスヘの情熱的なラブ・ソングだと思われる。

シーズンを経るごとに、オスの歌にはどんどん磨きがかかって、しだいに変化していく。

しかし、クジラはただ歌うだけではない。

じつは、クジラの声のうち、

数十ヘルツから数百ヘルツの周波数帯は、遠距離通信が可能な低周波の音である。

そして、実際にクジラたちは、海の特殊な構造を利用して、
その歌声を数百~数千キロメートル離れた遠くの仲間のところまで届ける方法を知っているのだ。

彼らの方法を使えば、
たとえば太平洋の北の端にいるクジラとハワイ沖にいるクジラがコミュニケーションをすることだって可能だ。
地球全体をまるで〝自分の庭〟のように使って話し合いをしているようなものだ。
彼らの歌声が実は深海の中をめぐって、地球を包み込んでいることに気づかないのは、陸にいるわれわれのような動物だけなのだ。

人間は、
無線通信やインターネットを使って遠距離通信を行い、その維持には莫大な費用をかけているが、
彼らはなんの道具も使わずに、美声をふるわせるだけで遠距離通信を行っている。
ほんの少しのコツを心得ているだけで。

そのコツとは、

深海そのものにできている特別な〝音の道〟

を使うことである。

陸にはこのような道は存在しない。深海に特有の素晴らしい秘密があるのだ。

海中に存在する音の道

深海には、音を遠くに伝える自然のしくみがある。

それがこれから説明する〝音の道〟である。

音の道は
世界中のほとんどの深海、
水深約1000メートル近傍に層状に広がる領域である。

この領域に音が入ると、音は層の中に閉じ込められて、効果的に遠くまで運ばれる。

この層のことを音速極小層、英語ではSOFARチャネル(Sound Fixing And Ranging の頭文字。〝so far = とても遠い〟と語呂合わせをしている)、あるいはPermanent Layerなどと呼ぶ。

深海では、
水深数千メートルで発生した音はした方向に曲げられてこの層の中に入り、はるか数千キロメートルに及ぶ音の旅が始まる。

冒頭で、「ある水深にだけ不気味な音が集よってくる」と書いたが、
じつはこのある水深というのは、SOFARチャネルのことなのである。

なぜこのようなことが起きるのだろうか。
そのしくみは次のようなものである。

この自然現象は、音の伝わる速さが、
水温と水圧によって変化するために生じる。

水中に限らず大気中でも同じことだが、

「音」というのは、
「進む速さが最小になるような場所を選んで進む」

波動に共通した性質がある。


そして、

水中で音の速さが小さくなる条件は、
1.水温が下がる
2.水圧が下がる

という2つである。

これらのうち、どちらか1つでもあてはまれば、音はそちらの方向に曲げられる。

海では、伝わる音の速さが、
温度の影響を受ける上層と、水圧の影響を受ける下層の、
2つの層に分けて考えることができる。

おおざっぱにいって、
海は水深数百メートルから約1000メートルぐらいまでは、温度が急激にどんどんド下る。
そして、約1000メートルを境にして、それ以上深くなっても水温は下がらず、一定の水温に落ち着く。

だから、温度が下がっていく層の下端の深さまでは、深くなるにつれて音の速さも小さくなるから、その水深までは音は下方向に曲げられる。

水温が下がるほど音の速さが落ちるためだ。

しかし、それ以上深くなる下層に行くと、
今度は水温が一定のままだから、水深が増すと音の速さが大きくなることを意味する。

なぜかというと、水圧が高くなるほど音の速さが大きくなるためだ。

つまり、音がそれ以上深く進もうとしても、今度は水圧が増して音の速さが増すため、
それを避けるように、音は上方向に屈折させられる。

このような理由で、

音は音速極小層(SOFARチャネル)に閉じ込められるかのごとく、
上・下・上・下と曲げられて、音速極小層の中を伝わっていき、
数千キロメートルの距離を、
あまりエネルギーの損失がないまま旅をすることができる。

とくに低周波の音は、先に述べたように減衰しにくく、遠くまで通りやすいので効果絶大である。

これが音速極小層、SOFARチャネルの正体だ。

ただ、実際には、SOFARチャネルの水深は、塩分、温度、それから海底の深さに依存するので、海域によって若干水深が異なる。

低緯度と中緯度では、
だいたい水深600~1200メートルの深さにSOFARチャネルがあることがわかっている。
亜熱帯の海域はもっとも深く、逆に高緯度では表層に近い。

Sperm whale (Physeter macrocephalus) male. This toothed whale is found in oceans worldwide. The male reaches an average of 16 metres in length, and can weigh over 45 tons. A sperm whale can live for over 70 years. It is a social animal, living in groups of around a dozen individuals. It feeds on squid, octopus and fish, diving for over an hour to depths of 300 to 800 metres, sometimes as deep as 1-2 kilometres. Photographed off Mauritius, in the Indian Ocean.

深海に聴診器をあてる

大昔からクジラが遠距離通信に使ってきたこの〝音の道〟SOFARチャネルを、われわれ人類が意識するようになってから、まだそれほど時間がたっていない。

というのも、そもそも深海の音に関する研究は、第2次世界大戦後の東西冷戦時代に、軍事的な用途で進んだという歴史があるからだ。

アメリカでは、旧ソ連の潜水艦の位置をすばやく察知するために、
世界中の深海のSOFARチャネル内に水中の音を拾う耐圧製の特殊なマイクロフオン・ネットワーク(SOSUS stations)を構築し、
そこで得られた情報は軍事機密とされていた。

冷戦が終結した後、そのうちの一部が科学研究用に研究者に公開されたのだ。
研究者たちはSOFARチャネルの性質を利用し、海の中のさまざまな音を聞くことで、地球で起きているさまざまなことを知る手がかりを得ている。
地震や海底火山のマグマの活動状況、大型生物の生態などである。

なかでも変わったところでは、地球温暖化についての観測プロジェクトである。

アメリカのサンディエゴにあるスクリプス海洋研究所のムンク教授か提唱し、世界7か国11研究機関が参加するATOC計画(Acoustic Thermometry of Ocean Climate program)は、太平洋全体の平均水温の変動を捉えようとするものだ。

地球が温暖化すると、海の水温も上昇すると考えられる。
海が蓄えることのできる熱の量は莫大で、大気の約1000倍の熱を貯えていると見積もられている。
だから、もし海水温がO・1℃上昇したとしたら、大気では100℃も気温が上昇することに相当する。
つまり、海水温がほんのわずかだけ上昇したとしても、地球にとっては大きな変化なので、海水温の精密な計測は急務である。

とはいえ、広大な海の水温を測ることは容易ではない。

世界中の海で、水温を計測するため、3000本近くの漂流ブイを投入して、人工衛星を組み合わせた観測も行われているが、

別の方法として考察されたのが、SOFARチャネルを用いる方法である。

ちょうど内科のお医者さんが、聴診器をあてながら患者のお腹を軽くポンポンとたたき、その音を聴いて、お腹の中の様子を探るのに似ているが、そのしくみは次のようなものだ。
水温が上がると音の速さが速くなる。そこで、SOFARチャネル内で人工的に音を発信し、それを数千キロメートル離れた複数の地点で受信して音の到達時間を測る。
これを数年間にわたって何度も行い、到達時間が早まっていくようなら、水温が上昇していることがわかるという原理である。

具体的な計画では、
ハワイのカウワイ島沖とカリフォルニア沖の2か所、
水深約1000メートルの海底に音源を設置し、周波数75ヘルツの音を発信することになっている。
これをアリューシャン列島、グアム沖、ニュージーランド沖等の十放か所で受信し、
さまざまな経路を通ってくる音の到達時間を、
1日6回、4時間ごとに10年間測定するというものだ。

ところが、当初、このプロジェクトは1994年に実験が開始される予定であったが、計画通りには進んでいない。
現在は、カリフォルニア沖の音源だけが設置され、試験的に月に数日のみ音波を出している状況である。

じつはこの計画には悩ましい問題がある、

発信する音が海洋生物に悪影響を与えるのではないかと懸念されているのだ。

深海の騒音問題

75ヘルツというと、
人の耳にも音として聞きとれる低音域で、
ピアノでいえば鍵盤のなかで一番低音の 〝レ〟に近い音である、
弦楽器でもコントラバスでしか演奏できないような低音域だ。

だが、このような低周波の音は、
海洋生物、とくにイルカやクジラにとっては、
彼らが遠距離通信に使う周波数と重なるため、
彼らのコミュニケーションの障害となったり、ストレスになったりして、クジラやイルカの座礁事故の一因になっているのではないかという説が、
アメリカの生物学者、音響学者から上がった。

彼らの生態が完全に解明されているわけではないので、確実なことはわからないが、
不用意に海中に大きな音を出すと、彼らにどういう影響を与えるかわからないということで、ATOC計画はストップしているのだ。

もちろん、原因はATOCだけではない。
船のスタリュー音や排水音、魚群探知機、潜水艦の探査装置からの音など、人為起源の音が近年ますます増えていて、このような騒音問題にまで発展しているのだ。

どうやら、静寂と思っていた深海は、
人間による海の利用が進むにしたがって、むしろ騒々しい場所に変わりつつあるようだ。

《深海の科学》 瀧澤美奈子 2008年5月初版 ペレ出版 より引用

3 日本の海 西洋の海

日本に残る 海の信仰

多くの日本人には、海流に乗って海を渡ってきた祖先の血が流れている。

では、海は、そして深海は、科学で語られるようになる前には、
人々の間でどのような存在として捉えられてきたのだろうか。

沿岸に住む人々にとって、海とは、
経済的な恩恵をもたらすと同時に、
ときに、決して勝ち目のない、暴力的な側面を見せる「脅威」そのものだった。

それは信仰という形になって、
漁業や航海の安全祈願として、暮らしの近くで祀られた


とくに、太平洋側の多くの地域で特別な存在だったのはクジラだ。

人々は命がけでクジラを採ることによって、多大な恩恵を受けた。

現在でも、クジラに会ったら、
からかったり、悪口を言ってはならぬという言い伝えが残る漁村があるという。

また、『万葉集』や『古事記』には、捕鯨を意味する

「勇(いさ)魚取(など)り」が登場し、 海や浜の枕詞として使われている。

クシラは、人々に海の経済的恩恵をもたらす漁業神、「恵比寿」であり、
人々が海に対して抱いていた恐れと尊敬という信仰の中心点に鎮座する、
もっとも象徴的な存在たった。

一方、身近な海に対するこのような観念の底流には、海のはるか彼方、
あるいは奈落の底に対する憧れと畏敬の念が、かなり古くから存在した。
その代表的な例が「海神の宮(わだつみのみや)や「竜宮城」の伝説である。

池島太郎の伝説では、海亀を救った浦島太郎が、
お礼に亀の甲羅に乗って海底にある竜宮城に招かれる。
竜宮とは竜神が住む海の都である。

栄華をきわめる理想郷には、羽衣をまとった乙姫という美しい姫がいて、
美しい音楽や、あでやかな舞が佐露される。

贅を尽くした料理が供され、金銀財宝があふれている。
死んだあとに霊魂の行くべき極楽浄土としてとらえられていたのだ。

こうして、すべての魂が流れ着く先には極楽浄土があると信じれば、
海に命を奪われた死者の供養を行うことができる。

残された者はどんなに心の慰めになったことだろう。

浦島太郎を意味する浦島子の名は『日本書紀』の「雄略紀」や、
『丹後国風土記』、『万葉集』のなかにも見られるというから、
相当占古い時代から、海の彼方にこのような聖地があるという考えが
あったことがうかがえる。

日本の津々浦々には「浦島の釣岩」、「腰かけ石」といったものが数多くあり、
玉手箱を寺の宝とする神社もある。

人間界に幸福をもたらす宝物はすべて竜宮に端を発する、という考えもあった。

また、とくに沖縄・奄美地方には「にらいかない」という言葉がある。

これも海の彼方にあると信じられていた海の都、極楽浄土を意味している。
稲や火をはじめ、ネズミのようなものまで、神がそこから人間界にもたらしたものとされていた。


西洋での海

西洋ではどうだったのだろうか。

ヨーロッパでは、紀元前13世紀のフェニキア人の時代から、
地中海を中心として海上貿易が営まれていた。

古代エジプト人、アラビア人、ノルマン人と、それぞれの時代で航海が盛んであった。

そのためだろうか、西洋でも海についての伝説や神話、禁忌は数多くある。

まず、海は悪魔が神の仕事を邪魔するために作ったものである。

また、
船乗りが裸の人魚を見ると海が怒る、
悪魔が迷える魂を迎えにくると荒れる、
海には嵐を呼び起こす魔物が住んでいる、
といったようなものもある。

このように、海を恐ろしいもの、対峙しなければならないものと捉える傾向が強い。  

死の国は海の彼方にあって、海を渡っていかなければならない。

海は死者を欲しがるという考えもあった。

だから、海岸に流れ着いた死体を埋葬すると、大嵐となり、
死体を掘り出して海に流すとおさまると伝えられていた。

死の国が海の彼方にあると考えるのは、日本の竜宮伝説とよく似ているが、
決してそこは極楽浄土であったり、人間界に幸福をもたらし、
満ち足りていたりするものではない


この天国と地獄のイメージの違いが面白い

ともかく、洋の東西を問わず、海の信仰の特徴は、山の信仰にくらべて素朴であり、
そのイメージが時代を経てもあまり変化していないことであるといわれる。

海は広大であるだけでなく、その水面下を把握することが難しい。
山と違ってとらえどころがなく、人々にとって想像すら難しかったはずである。

だからこそ、このような壮大な観念が生まれたのかもしれないが、
古代の人々がもっていたイマジネーションの豊かさに感嘆せずにはいられない。


海洋学の夜明け

さて、こうした信仰の時代は長く続いた。

学問として、海の中の実態を正確に知ろうという試みが始まったのは、
比較的最近である。

天文学などで先んじたヨーロッパでさえ、
長い間、海は航路として重要な位置を占めていたにもかかわらず、
少しの例外をのぞいて、巨大な水塊以外の何ものでもなかった

波の下にどのような世界がどれくらいの深さで広がっているのかということに、
おそらくあまり人々は興味をもたなかったのだろう


しかしそんななか、ルネッサンス期になると、
ヨーロッパ諸国はこぞって海外の黄金や財宝の獲得のために冒険、
探検の世界一周航海に出るようになり、海に向ける視線に、変化の兆しが表れる。

1492年には、
コロンブスが大西洋を西に航行し、アメリカ大陸に到着した。

そして、ちょうどこのころ、海洋を科学の目で見つめようとした一人の男がいた。

レオナルド・ダ・ヴィンチ (1452~1519) である。

天才的芸術家であったレオナルドが、
科学者としてもその類稀なる才能を発揮したことはよく知られている。

天文学や物理学、解剖学、建築土木などあらゆる自然科学の分野に対して行った
観察・研究をまとめた膨大な量のノートが残されているが、
そのなかで、とくに「レスター手稿」と呼ばれる

手稿は、晩年の1505~1508年に書かれたもので、
生涯をかけて行った研究の集大成として位置付けられている。

その72ページに及ぶ手稿のなかには905件の実験が記載されていて、
水や波に関する実験も詳細に行われている。

レオナルドは、地中海の海流と波を観測し、
波の動きと水の動きが別であることを理解し、
「円を描く表面の波は、互いに衝撃として広がるのであって、
水そのものが動くのではない。

水は前にいた揚所からは動かず、衝撃が伝わるだけである」と書き残している。

また彼は、かつてそこが海底だったことを示す貝の化石を、
山脈のなかの岩から見つけ、
なぜこのようなことが起きるのかということに疑問をもっていたことも書いている。

その後、1674年にロバート・ボイル
(アイルランド生まれの化学社・物理学者で、気体の体積と圧力は反比例するという「ボイルの法則」で有名)
が、海水の化学について、実験と観測をまとめて出版した。

18世紀中ごろになると、実際に航海に出て、海洋の物理的性質を計測する人物が現れた。

イギリスの探検家、キャプテン・クック(ジェームス・クック)である。

1768~1779年に3回にわたって、太平洋方面の探検・調査の航海を行った。

しかし、より本格的な海洋調査を行い、海洋学史上もっとも功績が大きかったとされるのが、1873年から3年5か月をかけて行われた、イギリスの海洋調査船「チャレンジャー号」による探検航海だ。

北極海以外のすべての大洋をめぐり、近代観測装置を使って世界中の海が調査された。

総距11万キロメートル、観測地点362か所に及び、採取された生物の標本は1万3000種を超えたという。

この船で科学者を指揮したエジンバラ大学の教授、ワイヴィル・トムソンは、
「ときとして、めずらしくも美しいものがもたらされた。

それは、なにか未知の世界を垣問見せてくれるようだった」と書き残している。


その後、1893年から1896年には、
ナンセンによって北極海航海が行われ、

1889年から1922年には、
モナコ公国のアルバート一世が、航海により膨大な量の海洋生物を採集したことが、海洋学の歴史に刻まれている。

19世紀、フランスの文豪ヴィクトル・ユーゴーは、
「海の内部を見ること、それは未知への想像力を試すことである」
(”Les Travailleurs De La Mer”より)
と言った。

膨大な量の水の下になにが待ち受けているのだろうか。


《深海の科学》 瀧澤美奈子 2008年5月初版 ペレ出版 より引用

2 深海に射す光

どこからが深海なのか

そもそも深海とは海のどの部分を指すのだろうか。

深海という言栗は、もともと〝深い海〝という意昧であり、厳密な定義があるわけではない。

慣例として、水深200メートル以深を深海と呼ぶことが多い

海底を研究する地質学者などは、もっと深い水深のところを深海と呼んでいるが、生物学者などが深海というときは、だいたい200メートルが目安になる。

200メートルは、植物プランクトンが光合成を行える限界の深さである
水深200メートルより深い海では、植物にとっては光が弱すぎて、光合成ができず、育つことができない。

生物学者は、植物が生きることのできる水深O~200メートルを表層(epipelagic)と呼び、それより深い海を深海と呼ぶのである。

深海には、水深によって次のように区分した呼び方がある。

水深200~1000メートルは中・深層(mesopelagic)
水深1000~3000メートルは漸深層(bathypelagic)
水深3000~6000メートルは深海層(abyssopelagic)
水深6000メートル以深は超深海層(hadal)


全世界に広がる海のうち
水深200メートルより深い部分は約80%にものぼる

たとえば船の上から海を見下ろしたとき、ほとんどの場合は、その下に深海が広がっていることになる。

海の平均水深は3729メートルである

陸の平均高度がたった840メートルであることに比べると、いかに海が深いかがわかる。

それどころか、地球の表面のうち、
陸地の割合が29.2%で平均高度が840メートル
海洋の割合が70.8%で平均水深が3729メートル


ということは、
全球の平均高度は、マイナス2395メートルになる。

これは、かりに
地球の凹凸をなくせば、陸地はすべて水没し、その平均水深は2395メートルの深海になるということだ。

陸地の上で生活している私たちが気づかないだけで

地球はじつは「深海の惑星」なのである


青のグラデーション

「海は青い」とは、われわれが海面の上から海を見おろしたときの感想である。

海のほとんどが、光の届かない深海であることを考えると、むしろ「海は黒い」といったほうがいいことがわかる。

では青い海は、どのあたりから黒くなるのだろうか。

海の中をどんどん深く潜っていけば、水深が深くなるにつれて、海の色はライトブルーからディープブルーヘ、そして漆黒へと濃くなっていく。

光は水分子に吸収される。
しかも、吸収のされやすさは、日光にふくまれる7色の光で均等ではない。

赤が一番吸収されやすく、なんと水深10メートル程度ですべて吸収されてしまい、それより深くには届かない

赤以外の色はもっと深くまで届くが、全体的に弱々しくなり、
水深70メートルくらいのところで、入射した光量の99.9%が水に吸収され、光の量は海面付近の0.1%にまで低下している

青は他の色(紫、縁、黄色、オレンジ、赤など)に比べて一番吸収されにくく、一番遠くまで届く。
だから、水中は青の世界になる

水深70メートルで0.1%といっても、人の目の感度は意外にいいので、まだ光を感じることができる。
約200メートルを過ぎると、地上で夜の帳が降りるように、あたりは徐々に色を失い、灰色がかったに青になる。

海域によるが、
約100~1000メートルは、トワイライトゾーンと呼ばれる神秘的な薄暗さに包まれた世界だ

まるで夕暮れに一番星が輝くように、発光生物の弱い光が見える。
一番星と違うのは光が無数にあること、そしてじっと暗闇で目を数分間憤らしてからでないと見えないほど、ごく弱い光であるということだ。

さらに深く深く潜るにつれて、徐々に薄暗さは墨のような闇におそわれる。

人の目が光を感じることができるのは、だいたい400メートルぐらいまでが限界である

さらに深いところでは、永遠に太陽光の届かない暗黒の世界へと突入する。
そして、水深1000メートルを超えると、もはや青系統の色すらもすべて吸収されて、地上からの光が届かなくなり、完全に暗黒の世界になる。



宇宙のどこかにある海

ここでちょっと思考の遊びをしてみよう。  もしも水分子の性質が、赤ではなくて青を、一番よく吸収するとしたら、世界はどう変わるだろうか?

まず、海は赤っぽい色になるに違いない。
そうだったとしたら、私たちにとって水色は赤になるのであり、私たちが「涼しい色」としてイメージする色も、青ではなくて赤系統の色になるのかもしれない。

しかし現実には、水分子の性質も光の性質も、宇宙のどこでも同じで、普遍的なものである。
だから、この広い宇宙のどこかに、H2Oという分子の集まりが主成分であるような、海をたたえた惑星があったとしたら、その海もおそらくは青いのである(不純物の影響で別の色に見える可能性はある)。

そして、そこに住む生命体も(存在すれば……だが)、青という色に涼しいイメージをもっている可能性が高い。

では
「コップに汲んだ水の色は無色透明なのに、なぜプールの水は青いのだろうか。」

水が光を吸収する作用が、ほんのわずかずつであるため、起きていることである。

つまり、
コップを通るくらい短い距離を光が通過したとしても、赤い光の吸収量はほんのわずかであるため、私たちの目では変化が認識できない

大きな水槽やプールほどになって、やっと認識できるほどの変化量なのだ

水は、水分子という、0.2ナノメートル (ナノは10億分の1)ほどの、
小さな粒子ひとつひとつの集まりだ。

コップ一杯の水には、ざっと10の23乗個の水分子が、ひしめきあっている。
物性(物質のマクロな性質)というのは、すべての場合で分子レベルのものが、マクロの世界に反映された結果である。

海水の色も、海水と光とがミクロの世界で織り成す物理現象が、海という広大な舞台に投影されたものである

《深海の科学》 瀧澤美奈子 2008年5月初版 ペレ出版 より引用

1 ブースカフェカクテル

七色のカクテル

海水の話

ブース・カフェ・カクテルというのをご存知だろうか

ブース・カフェ・カクテルとは、色の違う酒が何層も重なったカクテルの総称

透明なカクテルグラスのなかで、
赤、緑、紫、青、茶などの色が幾重にも重なっていて美しく
七色の色を束ねた「レインボー」というカクテルなどは
カクテルの美しさをこれでもかと表現した絵画的嗜好のカクテル

使うリキュールのことをよく知り、注ぐ順番を間違えないようにしないと
たちまち層が崩れてしまうので、バーテンダー泣かせの一品でもあるという

もともと
ブース・カフェとは、フランス料理のコースの最後に食後の珈琲と共に出されるリキュール
のことを指している

つまり、その特徴は「甘い」ということ

糖度が高くて重く、トロッとした酒を最下層にして
それより少し軽い酒をそっとその上に重ね
その上にはさらに軽い酒を重ねる、というようにして作る

要するに、ポイントは酒の密度である

酒の密度を決めるのは、酒の度数や糖度

密度の高い酒ほど重いので重力で下に沈み、密度の低いものほど軽いので浮く
それで密度の高い酒から低い酒へと、順番に静かにグラスに注ぐことで
それぞれの酒が混ざらずに美しい層のカクテルができあがる

重い液体の上に軽い液体が乗っているので、物理的に安定していて
故意にかき混ぜて崩さない限り、層を保ち続ける

このように
安定した層ができている状態を「成層」という

水塊の存在

こんな話をしたのは、じつは
この性質はすべての液体がもつ共通の性質だからである

身の回りの水でも、そして深海でも条件によっては似たようなことが起きる

深海を知るうえで、海水の性質を知ることは重要である
なぜかというと
海水は世界中の海で、水温、塩分濃度、密度が均一ではなく
さまざまな値をとり、それによって海の性質が決まる

ブース・カフエ・カクテルのように目に見えて色が違うことはなくても
水温や水質といった性質の同じ水のかたまり(これを水塊という)が隣り合っていて
それが浮いたり沈んだり止まったり移動したりすることで
全体として海という複雑なシステムを作っている

水塊が動くことは、それによってそこに住むプランクトンや魚類などが移勤し
分布が決まり、隆盛や衰退にも影響を与え
それを食料とするわれわれも間接的に影響を受けていることになる

ブース・カフエ・カクテルのような成層化は、これらの現象のひとつである

海の中で実際にどのような水塊ができているかという話の前に
単純でわかりやすい例をひとつあげると

たとえば家庭の風呂でも、こういうことがある
前日のぬるくなった残り湯に、熱い湯を注ぎ足して、かき混ぜないでいると
熱い上層と冷たい下層に分かれてしまう

これは、水は4度でもっとも密度が高く(重く)
それより温度が高くても低くても密度が小さい (軽い)ためである

風呂の場合、冷たくて重い水塊の上に、軽くて暖かい水塊の層ができている
つまり、水というひとつの物質であっても、
温度の違いが密度の違いを生み
水塊の層ができるのである

熱帯のブース・カフエ・カクテル

これが海という大舞台になるとどうなるだろうか

まず、熱帯の海を見てみよう。熱帯(低緯度)では太陽の熱で海の上層が暖められる
実際に温度を測ってみると、海上面から水深300メートルまでの表層は
風や波、潮汐などの影響で海水がかき回されているため
表面温度と同じ、20℃以上の暖かくて軽い層が
水深300メートルぐらいまで続く

これを「混合層」と呼ぶ

水深300メートルから1000メートルまでは
一定の割合で温度がどんどん下がっていく

温度と水深の関係をグラフにしてみると、斜めの直線の坂になる

この層を水温積層とか温度積層と呼ぶ

そして
水深1000メートルよりも深い深海では
水温は2~3度と一定で冷たいまま、変わらなくなる

これはなにを意味するのだろうか

水温積層は温度が急激に変化する層なので
この層が存在することで
冷たくて密度が高い深海
暖かくて密度の低い上層とが分離されている状態になる

各密度の差が連続して成層化し、上下の水が混ざらなくなる

海水の場合は真水と違って
マイナス9℃で凍りつくまで温度が低いほど密度が高い


海水の密度を決めるファクターは、水温、塩分、などがあるが
これらのうちの、とくに温度の影響が一番大きい

次が塩分濃度の影響
温度が連続的に急変化しているということは
密度も連続的に急変化していると考えていい

ブース・カフエ・カクテルと同じである

密度の高い(重い)水の上に
連続的に密度の低い(軽い)水が積み重なっているので
とても安定している

熱帯の水深300メートル以深の深海では
連続的に密度が変化することによって成層化し
ブース・カフエ・カクテルの状態ができている

熱帯の島で潮風に吹かれながら
七色のカクテルを傾ける人々の目の前に広がる海のずっと下の深海でも
密度のグラデーションが
天然のブース・カフエ・カクテルを作り出している

高緯度はステアされている

北極や南極に近い高緯度の海では
海水はどのような構造になっているのだろうか

高緯度の海や陸には氷があって冷えている
このため、海水が冷やされるから、あらゆる水深で温度が低く
同じ温度の海水が表層から深海までを貫いている

高緯度では温度積層は存在しない

その代わり、このような状態では
塩分が濃ければ重く、薄ければ海水は軽いから
鉛直方向に水が動く
「湧き上がり」や「沈み込み」が頻繁に起きる

これを鉛直混合という

あえてカクテルにたとえれば
常にステアしている(かき混ぜる)
のと同じような状態である

中緯度の海ではどうだろうか

中緯度では表層だけが暖かいような
春や秋の時期にだけ成層化か起きる

春や秋には、昼は暖かいが夜は寒いため
太陽の熱が表層だけを暖めるが
水底は冷たいまま
ということが起きる

同じような現象が、プールや池、湖などでも起きている
春や秋にプールや湖に飛び込んだら
思った以上に水が冷たいのに驚くことになる

密度の違いが
液体の「成層」や「鉛直混合」
という現象を引き起こす

これらは垂直方向の移動である

海水は常に移動し
沈み込んだり湧き上がったり
深海でゆっくり流れたりしている

風や潮汐の影響を受ける最上層を除けば
海水の垂直方向の動きは
海水の密度変化に端を発して流動しているのである

《深海の科学》 瀧澤美奈子 2008年5月初版 ペレ出版 より引用